写真について、「自分らしい写真とは?」って事を再確認する出来事があったのでポスト。
以前にもこの記事をFBやブログで記載しましたが、サイトデータの再インストールなどを行った際に削除したので、改めて記事を書き始めました。

今では、デジタルカメラの普及で、誰でも気軽に写真を撮れる時代になっています。
その一方、色々な記録方式やカメラが存在しすぎて、どれを選んだら良いんだろう?って相談もうけます。

一眼レフであれば、どのレンズが良い?
コンデジなら、どれがオススメ?など。

正直な所、それぞれの機材に良さがあると思います。
なので、相談をうけた時には、どのような写真が撮りたいの?と訊いた上でそれならこのカメラが良いんじゃない?と答えています。

僕自身、写真の管理・使用目的上、すっかりデジタルユーザーなわけですが、デジタル化が進めば進むほど原点(オヤジのフィルムカメラ Canon F-1)のアナログ感覚で写真を撮れる機材が使いやすかったり好きだったりします。

それというのも、最初に撮った写真は小学校高学年の時、ピントやシャッター速度もわからずただ押しただけのボケボケの写真だったからかもしれません。

最初はただピント合わせるのが楽しくてファインダーを覗いていた記憶があります。
望遠レンズをつけてくれた時は、見える視界が全然違う世界で尚更面白かった。

そこから10年ぐらいして、ようやく自分専用のカメラを購入し、写真を撮りはじめました。
その時買ったカメラはフィルムではなく、デジタルカメラ。

理由は簡単でした。
フィルムの事を気にせず、写真を撮りまくり上手くなりたかった。
今でもそうですが、仕事などでサイトなどでもすぐに公開出来るといった点からもデジタルを選んだ理由でもありました。

自分専用のカメラを持ちはじめて十数年が経ち、その間いろんなカメラも使ってきましたが、今では写真をはじめた頃の原点に戻りつつあります。

今の使用しているカメラで写真を撮るようになるまでには、いろんなカメラを使用してきました。
ポラロイド・写ルンです・コンデジ・一眼レフ等々。

フィルム時代まではまだ戻れませんが、記録部分はデジタル。
しかし撮るという行為・操作に関してはアナログ感覚で使える機材の方が自分らしい写真が撮れる。

写真の撮り方に正解・不正解などありませんし、こうでなければダメだといった制約や概念もありません。

自分のスタイルにあった写真を、撮りたいように撮れば良いって思ってますし、自分もそうしてきました。
(無論、人に迷惑をかける行為や許可なく撮影した写真を除いては…。)

いろんなカメラを使ってみて思ったのは、一眼レフでしか撮れない写真もあれば、コンデジや携帯カメラだから撮れる一枚ってのもある。

ただ、カメラは写真を撮る道具であり、カメラは何を撮りたいかで選べば良いと思います。
しかし撮っただけではただの記録されたフィルムだったりデータでしかない。

見せるだけであれば、デジタルカメラはデータとて記録してくれるので、凄く便利で良いツールだと思います。
しかし、こと写真となると話しは違い、現像もしくはプリントアウトをして初めて「写真」という形あるものになる。

そこで、ようやく自分の写真とは?という本題に入れるのかなって思い長い前置きがありました。

これだけデジタル化が進んだカメラ業界。
今では、フィルムよりも綺麗に写る機材なども多数存在しますが、写真を撮る機材は様々あるけど、こと写真に関して言えば話しは別。
タイトルでもある、「自分らしい写真とは?」といった時に、どう表現するか、自分が見えている事をどう伝えるかと言うことに数年前から真剣に考えるようになりました。

最近では気に入った写真などはプリントアウトするか、大きく引き伸ばしたい時はラボに出しています。
やはり、データではなく写真という形になってみると、全然違って見えるんですよね。

現在もお仕事で写真を撮らせて頂く機会はありますが、その時は自分らしさを出すよりも、被写体となる人や物を如何に綺麗にみせるか。
もしくは、その場の雰囲気をどのように伝えるかに重点がいきます。

ま、その事も踏まえて撮っているのだから、ある意味自分らしい写真とも言えるのですが。

例えば、日々の中での写真も良く撮ります。
露出オーバーやアンダー、ピントが合ってなかったりすると、撮るのに夢中でピントやシャッター速度を合しきれなかったんだなって思えますし、そんな失敗がないのがプロだろ?って言われると、また違う気もするんですよね。

僕の中での露出があってなかったりピントが合ってなかったりってのは、「感情」なんです。

確かに、プロの方でも現場で数枚しか撮らず終了って方もいらっしゃいます。
しかし、その逆もしかり。

一つの現場で何百枚も撮影し、その中から一枚を選ぶ写真家さんもいるわけです。
プロの写真家さんであっても、いろんな撮り方・スタンスってのがある。

カメラもしかり。
高性能カメラを使えば、ピント合わせや露出調整などかなり優秀!
カメラが不得意とする場所を除いては、ほぼ均一な写真が撮れる。

しかし、その犠牲として、感情が薄れる。

僕が撮りたい写真って、「感情」の写ってる一枚一枚なんです。

均一に撮影しないといけない状況下では、失敗が少ないカメラが良いと思います。
ただ、自分の写真・自分らしさと言われれば、例えピントが合っていなかったりブレていたりしても、シャッターを押した時の感情が写ってる写真の方が自分らしさを感じる事があるんです。

時にその一枚は、100枚の均一な写真よりも、グッと来る時があります。

そういう意味では、いろんな選択肢を持つカメラが登場し、撮るシーンに応じたカメラ選びが出来る時代になったんだなって最近になって思います。

と、同時にシーンにあったカメラ選びの選択肢が少なかった時代に、最前線で写真を撮ってた写真家さんってホント凄いと思います。

失敗してるかすら、その場では確認する事も出来ず、全て現像してみないとわからない時代だったんですから。
ただ、自分の経験と感性で写真を撮り作品として残してきているんだから見習う点がたくさんあります。

現像についても最近思う事は、デジタル現像をしても良いと思っています。
雑誌の表紙やカタログに使われる写真は大抵デジタル現像処理が行われていますし、これはフィルムの時代からも色々な現像方法がありました。

僕自身も時よりデジタル現像で少し元写真から現像処理をする事があります。
これは忠実に描写されていたとしても、その場の空気感や自分の見えた感情や色でないときがあるからです。

僕の「自分らしい写真」のあり方については、今後変化もしていくんだろうし写真を撮り続けている間は終着点はないと思います。

満足・完成した時点で終ってしまう。

一つの節目という意味での終りは、今回の記事のように区切りというものがあると思いますが、写真が撮れる限り追求し続けて、自分らしい写真を撮って生きたい(行きたい)と思います。

最後に、写真を撮るのは人であり、どんな時代・どのジャンルであれ撮った人の個性が写った写真が写真という枠から超え作品として残っていく。

そう考えると、「自分らしい写真」探しの旅はまだまだ始ったばかりなのかもしれないと思う今日この頃であります。